takatok0の生活

ただのエッセイです。@takatok0r6s

簡単でくそ旨い、バジルスパゲッティの作り方

今日まで風邪を引いていたtakatok0です。

久しぶりに風邪を引きました。2日ぐらいで治ると思っていたんですけど3日かかりました。治るタイミングをことごとく外しました。今では快調です。

そして、風邪が治った今一番したいことが「旨いものを食べる」です。

生憎、今日は台風で外出して食べに行くは億劫です。そして、インスタントラーメンを食べるのも嫌だなぁって感じなので何か旨いものを作ろうじゃないかと1ヶ月に一度くらいしか高まらない料理欲が出てきたので作りました。

 

 



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旨かった。

見た目と反比例して。

 

工夫もくそもないですけど、作り方

 

<材料>

玉ねぎ(適量)

ベーコン(適量)

麺(適量)

フレッシュバジルソース(適量)

塩(適量)

胡椒(適量)

 

<作り方>

①玉ねぎとベーコンを炒める。

    塩と胡椒を適当に振る。

 

②麺を茹でる。(塩を適当に入れる。)

    茹で終わったら、フレッシュバジルソースと混ぜる。(好みの量)

 

③玉ねぎとベーコンを炒めていたフライパンに麺を投入。

    軽く炒めながら混ぜる。(必要であれば味の調整)

 

終わり。

 

めっちゃ簡単です。





この


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フレッシュバジルソースさえあればなんでもイタリアン風に美味しくできちゃいます。

(たぶん。)

おすすめです。

ではでは。

 

TGS2018レポ

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来年も行きたい!と思ったのでとりあえずメモ&レポです。

特にフェスとしてのTGSを楽しみにしていた自分が見本市でもある部分も楽しめたのは行かないとわからないことでした。

その辺りをざっとまとめてます。

とりあえず、次回に繋がる部分から。

 

◎次回行くときに準備しておきたいこと。

インディーズのゲームにアンテナを伸ばしておく。

試遊したいゲームの有無。

→また、ある場合はビジネスデイも検討にいれる。(5000円支払うことで入れるらしい。)

 

◎次回行くときに覚えておきたいこと

・グッズブースは終了時間の1時間前が狙い目

かなり空いていました。

(売り切れているものもありますけど、何かしら買えると思う。)

・インディーズゲームコーナーはそこそこ空いている。

そのため制作者の人のお話が聞ける

 

このあたりですね。

そもそも僕は22日のSengoku Gaming Extasy VS 野良連合を目当てに行きました。

(本当は23日も行きたかったんですけど、バイトが…。2日連続でこんなにビッグイベントになるとは思っていませんでした😢)

試合以外は特にまわるつもりもなかったんですけど、こういうイベントに珍しく出向くと僕のような人は張り切ってしまうんです。

折角だから色々と見てみたいなぁと思ってかなりあちこちウロウロしていました。

 

そのなかで一番楽しかったブースがインディーズゲームコーナーです。

世界だけではなく日本にもこんなゲームがあるんだとかなり興奮しました。

 

1.インディーズゲームブース

インディーズゲームブースで特に興奮したのはこちらのゲームでした。

『Night in the Woods』、『KENSHI』、『My Child Lebensborn』の三作品はびびりました。


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中でも、『Night in the Wood』は僕の好きなアイルランドのアニメーターのDavid Oraillyの世界観に雰囲気が似ていました。

THE EXTERNAL WORLD [HD] - David OReilly - YouTube

 

 

翻訳した方に話を聞いたところ無名のデザイナーとプログラマーが作った作品と話をしていて、すげーなーって思いました。

以前Twitterで少し紹介した
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Plug & Playも元々アニメーションです。

何かアイデアを持っているアニメーターやデザイナーがプログラマーと組んでインディーズゲームって製作されているんだなと実感しました。

 

 

インディーズゲームブース、とても楽しかったです。

 

 

2.初!e-sports生観戦

そして、お目当てのSamsungブースのSengoku Gaming Extasy VS 野良連合は最高でした。

生でゲームの試合観戦をするのがこんなに楽しいものなのかととても驚きました。

どちらのチームの選手が活躍しても拍手をしたり、「おおっ」って感じでどよめきが起きたりと沢山の人で試合観戦するのは楽しかったです。

そして、普段YouTubeでコメントしているような方は是非見に来てほしいなと思いました。

選手の顔を見ながら応援するのは良いものですよ。

 

 

また、今回のTGSでWAYOUMAN選手とSouLBoi選手にお会いすることができました!!

突然お声がけをしたのですが、優しくお話していただけました。

普段Pro Leagueで見ている選手にお会いできるのは最高です。

僕はテンションが上がって頭が真っ白でした笑。

そのため、写真やサインをもらうのをすっかり忘れていました😢

また、こういったイベントがあると良いのですが。

とても楽しいイベントでした。

行って良かったです。

 

 

3.フェス×見本市

このTGS、夏フェスみたいだったなと思いました。

そして、本来の目的(?)様々なゲームと出会う場としても機能していた気がします。

来年もR6Sのイベントがあるととても嬉しいです。

以上です。

 

レビューの時代

二週間強制的に車を運転できるように強いられる施設に閉じ込められていたtakatok0です。

ここに閉じ込められていたらいつの間にか、早寝早起き、三食食べるという非ゲーマー的習慣を得ることに成功しました。

弊害としてフレンドとのゲーム時間が格段に減りました。

 

まあ、それは置いといて本論に入ります。

 

レビューの時代

お客様は神様

こんな風潮がサービス業だけではなくレビューの出現により様々な業界にも浸透している気がします。

近年Amazonレビュー、Google Play、映画ドットコムと様々なものが個人的な価値観で評価されています。

美術作品ではないとはいえ、漫画やアニメといったサブカルチャーが消費者にすり寄らなければいけないのはどうかなと個人的には思っています。

 

先日、フリクリ オルタナという映画を観に行ったんですけど、フリクリ OVAを現代風にしっかりとリメイクしていてとても良かったです。

しかし、映画ドットコムでは散々な言われようでした。

フリクリ オルタナのレビュー・感想・評価 - 映画.com

 

フリクリは2000年から2001年にかけてリリースされたアニメ作品です。

そして、恐らくファンの多くは雰囲気に魅了され、内容を勘違いされてる方が多いです。

一見、主人公のナオ太が成長する物語のように見えますが、実はナオ太は何一つ成長していないことを描いている作品だったのです。

言っちゃえば「何もしていないのに」お兄ちゃんの恋人のJKに好かれたり、セクシーな宇宙人に迫られたり、同級生に好かれたりといった小学生の男の子が主人公の「ハーレム系」アニメなんです。



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さあさ、レビューを読んで、、いきません!

少し読んだんですけど読むに値しないと思います。(というか、誹謗中傷が多い😢)

個人的な過去を美化し今の作品をリスペクトせずに一方的な誹謗中傷がとても多いです。

まるで自分の作品であるかのように語っている方が多いのがこういった続編系の作品のレビューの特徴です。

 

今作は「毎日が毎日毎日ずっと続くと思っている」17才のJKが主人公です。

JK達の「恋 」「夢」「友情」のテーマな話がベースにあって後半で怒濤の展開って感じでした。

劇場版「フリクリ オルタナ」& 劇場版「フリクリ プログレ」本PV - YouTube

こちらの前半部分です。

 

 

確かにアニメーションとしての動きは格段に前作の方が良いと思いますし魅力的です。

しかし、本作は前作を越えるのではなく、別作品にしようという意欲作だったように感じます。

そして、ラストを観れば納得される方が多いと思いますが、リスペクトの塊と言えるストーリー構成だったと僕は思っています。

 

兎に角ここまで評価が低くなるような作品では決してないと思います。

あんなに神格化されている作品の続編を作るというのはとても難しいし、誰もやりたがらないことだと思います。

そこに真摯に向き合って挑戦された制作者の方々を僕は尊敬します。

 

なぜ評価が低いのかについては、繰り返しますが前作の美化とテーマの違いに対しての好みの問題を作品自体への批判に刷り変わってる点でしょうか。

本来、この後に今作のメッセージ性などに触れた方が良いのですが、正確性が欠けることになるのが目に見えているのでやめておきます。

自分はメモを取りながら映画を観るタイプなので映画館で観るときは、脳みそすっからかんで楽しんでいます。

なぜなら暗くてメモをとれないからです笑。

そのうちストリーム配信されたらしっかりと考察したいなと思います。

他の人が考察をするだろうと思ってぼんやり見て帰ったら酷い評価しかなくて誰も考察をしないのではないかという、恐れがあります。

見応えある作品だったので少しずつ噛み砕きたいなと考えています。

メタ作品なのは前作から引き継いでいて、恐らく日常アニメに対してのカウンターの部分があるかと思います。これが本当の意味での日常アニメだって言われてる感じがしました。

 

で、で、これだけではただのフリクリ批判への批判で終わってしまいます。

それは個人的には不味いと思うので人によって価値観が違うので良い作品と悪い作品を単純に分けるのは難しいよっていう話を書きます。

そもそも映画にはメッセージ性やテーマがあります。

それらを言葉で表現できないため映画にして我々消費者に伝えているのです。

勿論スリリングなアクションが魅力的な映画や難解なトリックが施されているサスペンス映画といった娯楽的な映画もあります。

 

2.テーマ性と好みの問題

僕の好きな映画に『boyhood(6才のボクが、大人になるまで。)』という作品があります。

この作品は4人の家族の話を12年間同じキャストで撮り続けたという物凄い作品なのです。(ハリーポッターを思い浮かべると分かりやすいと思います。少しずつ6才だった主人公が成長して顔つきが変わったり、アメリカ社会が発達して周りに置いてある電化製品が変化しているのもとても面白いです。)

そして、内容は退屈かもしれません。

6才だった僕の12年間を切り取った作品なのです。しかも、切り取ったとわからない作品なのです。テロップで何年何月ーという感じが出てくるわけではなくいつの間にか身長が伸びていたり、髭がはえていたり、母の顔が少し老けていたりと時の流れをあまり感じられませんでした。

インパクトのない日常の積み重ねで人というのは実は変化していってるという作品でした。

 

「時間は常に流れている」そんなことを考えさせられる作品でした。内容としてはぶっちゃけ退屈です。それでも引き込まれるのはとある家族のホームビデオを見ているような少しずつ時間が流れているのを実感するからです。

この作品を評価するときに退屈だったと言うことはとても簡単です。

でも、それはただの感想で評価するベクトルとは別なのではないかと、僕は思います。

 

フリクリも同じです。(前作と比べて)つまらなかったと評価してる人が多いのですが、そんな見方を偉そうにして何になるのかがわかりません。

 

3.自己肯定感を高めるツールとしてのレビュー

結論としてはレビューなんて期待しちゃいけないんですよね。

僕は今回面白かったな~ってホクホクした気持ちで肯定感を高めるためにレビューを覗きました。そうしたら批判だらけで悲しい気分になりました😢。

 

良くない!笑

そんなのは見る情報を取捨選択すれば良いだけなので僕が悪いんですけど。

 

ただ、がっかりした人にとったは自己肯定感を高められるレビューが多くてきっと楽しいのだろうなとか思いました。

世知辛い世の中だ...。僕もそっち側でいたかった。

 

まあ、それらは置いといて、価値のある文章というのはその作品だけで完結しないと思っています。

それらが僕にはできないのでここでポチポチ書いてます。

アニメ作品はジブリをポニョしか見ていない稀な層ですので時間をつくってみていこうと思います…。

 

ネットは自由な反面、本来書かなくても良いことや読まなくて良いものもあると思います。

これは僕自身はよくノリと勢いでやっちまいますが気を付けます。

はい。いつも帰着が上手くいきません。

以上です。

 

パクリとオマージュを好みで判断する②

ということで、前回の続きを書いていきます。

注意:下書きレベルです。

前回→

パクリとオマージュを好みで判断する① - takatok0の生活

 

アパルトの中の恋人たち

今回はハヌマーンの『アパルトの中の恋人たち』の歌詞を考察していきます。

アパルト(アパート)に住む恋人たちの男女それぞれの視点で描かれた作品です。

信号や人形といった無機質なモノに対して恋人たちの気持ちを比喩しているのがとても面白いですね。

 

主題はアパルトの中の恋人たちというより、男女間のすれ違いの話のように思えます。

そして度々、思い更けた描写が多いですが、賢者タイムの描写であるかと思います。

それらを考えると真面目に分解するのもなぁと、思ったりもしますが…笑。

まあ、やります。名曲なので。

是非リピートしながら読んでください。。

ハヌマーン_アパルトの中の恋人たち - YouTube

 

まず、1番は彼の視点から始まります。

1.彼の視点

彼女の寝息を確かめた後
部屋を出て夜を吸い込んで
「戦争が起きたらどーしよー」とか
脈絡のないこと考えてた

誰も知らないところで虚しく
色を変える夜の信号は
まるで今の自分そのものだった
もたげる首の角度まで同じだった

予定のない今日の月の形
夜にかじられた様なそんな形
あの月は何て名前なのかな
理科の授業もっとちゃんと聞いとけばな

以上が一番の歌詞です。

彼女が寝たらタバコでも吸いにでも外へ行こうとでも思っていたのでしょうか。そんな場面からこの歌は始まります。

そして、外へ出たら

「戦争がおきたらどーしよー」

こういった非現実的なことをふと考え始めます。きっとタバコをくわえながらでも夜道を歩いているのでしょう。

 

ここまでは特に比喩的な表現もなくわかりやすいですが、ここから信号というモノが登場します。

誰も知らないところで虚しく

色を変える夜の信号

戦争がおきたらなんて考えても仕方がないことを一人で虚しく考えている彼は夜の信号のようだと。

この場合彼にとっての『色』というのはどういうことなのでしょうか。

 一先ず先に進みましょう。

 そんなことを考えながら歩いていたら月が見えて、

あの月の名前はなんて名前なんだろう

と再びどうでも良いことを考え始めました。

夜の散歩に予定なんかない。でも、どうでもいいことだったり、どうでもよくないことだったり考えながら歩いている彼の視点がこの曲の一番です。

 

二番は彼女の視点です。

 2.彼女の視点

古い人形抱いたまま眠って
目が覚めたら彼は部屋にいなくて
「浴槽のお湯流したっけなー」とか
あすの朝食のこと考えてた

守られるか無視される以外には
用途のない夜の信号は
「あーなりたくない」と想う女子そのものだった
不憫そうな姿まで同じだった

星屑の点を線で繋ぐように
あなたとの日々も意味を持つかな
臥待月が出てるからでしょう
やけに叙情的になってしまうのは

以上が二番です。

 

明け方ではなく3時頃のはなしでしょうか。

彼が家を出たあとの話ですね。

 

「浴槽のお湯流したっけなー」とか
あすの朝食のこと考えてた

恐らく彼は頻繁にタバコを吸いに外へ出ているのでしょう。

そんな中あすの浴槽のお湯や朝食と日常的なことを彼女は考えています。

恐らく戦争が起きたらといった非日常を考えていた彼との対比でしょう。

 

そして、ここから抽象的なパートへ。

守られるか無視される以外には
用途のない夜の信号は
「あーなりたくない」と想う女子そのものだった
不憫そうな姿まで同じだった

 

守られるか無視される以外には用途はない夜の信号

信号は守るか無視される以外には用途はないものです。

しかし、昼の信号にはこのフレーズは似合いません。なぜなら無視することなんて昼の信号を見て考える人は少ないからです。

ちょっとした後ろめたさ、もしくは全く後ろめたさを考えない夜の信号こそこのフレーズが合うのかもしれません。

そして、おそらく彼女側、女性視点では(厳密に言うと作詞したのは男性なので男性から考える女性視点では)昼では守られるが夜では守られるか無視されるものがあるという比喩表現ですね。

 

かなり純文学な詞にみえてきました。

ただ、どんなストーリーなのかはほとんど詞では描写されていないので音で考えるしかないですね(?)。

 

ところで気になるのは彼女の不憫そうな姿という点です。

信号機は色を連想させます。男女の色と逆なのは赤は止まれではないというところでしょうか。

要するに彼は色をちょくちょく変えますがそれが彼女にとっては用途のない道具のように扱われている感覚に浸っているんです。

これをおそらく二つしか用途のない信号に似た不憫そうな姿であると、表現しているのかもしれません。

 

ちょっと方向性が怪しくなってきたので、一旦軌道修正をします。

 

星屑の点を線で繋ぐように
あなたとの日々も意味を持つかな
臥待月が出てるからでしょう
やけに叙情的になってしまうのは

 

彼視点では予定のない月しか見えていませんでしたが、彼女視点では星屑を見ています。

彼は予定もなくぶらぶら歩いているだけですが、彼女は家で色々とぐるぐると考えているようです。

 

そして、月の名前がわからなかった彼と違い「臥待月」を見ながら感慨深く、何か感情を吐き出そうとしているように思えます。

臥待月(ふしまちづき)

陰暦19日の夜の月。とくに8月19日の月。満月を境に月の出が次第に遅くなり、居待ち月(陰暦18日)より遅く、臥(ふ)して待っているうちに出る月という意味。寝待ち月・寝待月(ねまちづき)。

https://naming-dic.com/wa/word/14394723

写真はこちら↓

0011.臥待月(ふしまちづき) | 「合唱と宇宙論」ブログ

こちらからわかるように8月のようですね。

態態この月を入れたということは何かしらの意味があるはずなのですが、すみません!わかりません!笑

古典とかで出てくるのかなぁ…。

寝待月ってもうあれしか思い浮かばないので、やはりテーマはあれなのかもしれません。賢者タイムに浸っている彼とある意味賢者タイムに浸っている彼女のすれ違いという大雑把な枠組みを考えていましたが、強ち間違ってはいなさそうです。

 

とりあえず、今回は以上です。

次回は3番4番を進めます。

 

そのうち記事をまとめるかなんとかします。(たぶん。)

 

本日のまとめ。

ごちゃごちゃしてきたー。そして、この作品だけで2回に分けているけど、後3作品取り扱う予定なんだよなぁ…。

どう落ちが着くのか、自分も楽しみです…。()

失踪…しそう。

 

 

 

『ファイアパンチ』は1話目で切っていい作品だったのか①

ファイアパンチという漫画を最後までジャンププラスで読んだ人はどのくらいいたのだろうか。

この漫画は1話1話の繋がりやキャラクターのなりたい人(もの)への変化や変化した理由が丁寧に描かれ過ぎている

そのためジャンププラスの様な一度コインを使っても、もう一度読み返すためにまたコインを使うような仕組みでは繰り返し読めず結局よくわからないまま読むのをやめてしまう人が多かったのではないだろうか。単行本や本誌のような手元に残り何度も繰り返し読みながらじっくり理解を進める漫画だったと感じる。

 


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一応、全巻持っています。

 

 

ファイアパンチで特筆すべきなのは今での少年漫画とは異なる宗教と哲学へのアプローチのある読み応えのある作品だったということだと私は思います。

てか、商業誌一作目の連載からこんな漫画を描ききった藤本タツキ(長門は俺)先生は凄すぎる

確かに第1話目のエピソードはとても衝撃的で話題になった。作者本人のインタビューを読む限り、序盤は読む人を増やす仕組みを沢山取り入れていた。

https://natalie.mu/comic/pp/firepunch

ファイアパンチの名前の由来等
そして、後半は宗教色は強く出てくるが鬱陶しくない。まるで自然の流れのように出てくる。(ちょっと違うけどAKIRAも宗教色はあるけど嫌な感じはしない。あんな感じ。)

 

http://konomanga.jp/interview/112091-2

ここにも書かれていましたが上手く物語に馴染んでいたため、個人的には気にならなかった。凄いなぁ。

そして少年漫画にありがちな終着点がなく勢いや設定で押している漫画ではないというところがとても良い。(ありがちというのな偏見だとは思いますが、割りとそういう漫画多いと思います。勿論週刊連載において軌道修正というのはとても大切です。ただ、短くてもしっかり描きたいことを描ききる感じの漫画や設定だけではなく、魅力的なキャラクターがしっかりいる漫画は感覚的に最近の少年誌には少ないように思っていました。)

今回は以上です。ここまで読んでくださった方はお気づきだと思いますが、かなり情報量が薄い状態です。

これから数ヵ月かけて少しずつ時間があるときに一巻からこの漫画を振り返っていこうと思います。

 

以前は途中で断念しましたが、今回は頑張りますよ~。

 

こっそり見守って頂けると幸いです。

今までのパターンから考えると全部書ききったら、この記事は書き直すと思います。

 

パクリとオマージュを好みで判断する①

パクリとオマージュ。

またはリスペクトしてるかどうか。

 

これらは音楽や漫画を調べたりするとすぐに出てきて、揉めたり優れている点としての材料になったりしていると思います。

今回はこのパクリとオマージュ(リスペクト)の違いについて自分の考えをまとめていきます。

そして、こちらの記事は作品を批判するために書いているものではないです。

これからあげる作品は好きな作品です。

ただ、確実に何かしら影響を受けているように思えたのでそれがなんなのか考えます。

 

ハヌマーン『アパルトの中の恋人たち』とYonigeリボルバー』、『gogo モンスター』と『夕方には帰るね』から考える、パクリとオマージュ

と、とりあえず題します。

 

 

1.平成の阿久悠とアボカド

久しぶりにYouTubeでネットサーフィンをしていたら、

こちらの曲に出会いました。

yonige「リボルバー」official music video - YouTube

 

めっちゃハヌマーンっぽい!と、食いつきました。

ハヌマーンとは…。

2004年~2011年まで活動していたバンド。

平成の阿久悠こと山田亮一が率いるスリーピース。

文学的な歌詞とジャキジャキ感あるギターとメロディが堪らない。

そうしたらやはり、コメント欄でもハヌマーンに関するコメントがちらほら見つかりました。

僕も始めて聴いたとき曲調が似ているように感じました。

ただ、似ているだけでパクリという風には思いませんでした。ただ、影響は受けているのだろうなと考えました。

そもそも『リボルバー』という曲名はハヌマーンの歌にもあります。

 

ハヌマーンの山田亮一さんはTwitter上で 

山田亮一 on Twitter: "あるバンドのある曲が、僕がかつて書いた曲に酷似していると矢鱈言われる。極端な人からは、盗作ですとさえ。挨拶した事がある程度には面識があるバンドなので試聴するも、全然似てないと思った。なので不問にする。当人が不問にすると言っておるので、これ以上やんやゆーのは正義ではないよ。"

と回答していました。

 

僕個人としては、ハヌマーンの『アパルトの中の恋人たち』は男女の価値観のすれ違いを歌った曲で、yonigeの『リボルバー』は価値観が似ていく様を歌っているのだと思っています。

曲調はよくわかりませんが、歌詞に関しては全く別の曲であると思います。

 

そもそも、山田亮一さんの歌詞はとても難解で最近のバズマザーズ(現在山田亮一さんが活動されてるバンド)の曲の歌詞に関しては5年後理解できれば良いやと思いながら聴いています。

 

yonigeの『リボルバー』が似ていたと言われていた曲は『アパルトの中の恋人たち』という曲です。

現状その曲が入っているアルバムとdemoはプレミア価格で高騰しているのでyoutubeとかでお聴きください。

僕自身は高校生の時に友人達と購入しました。

 

アパルトの中の恋人たち

ハヌマーン_アパルトの中の恋人たち - YouTube

 

僕は似ていないと言われればそうかもしれませんが、雰囲気は近いと考えています。

そもそもPVはアパートの中の撮影ですし、影響は受けているのだろうと思っています。

ただ、盗作やパクリと批判するのは確実におかしいです。

 

ただ、どこがどう違うかを論理的には僕は説明できないので比較的できそうな歌詞について触れます。

 

ということで、今回はここまで。

次回はアパルトの恋人たちを少しずつ噛み砕いていこうと思います。

 

次回→https://takatok0r6s.hatenadiary.jp/entry/2018/08/13/021820